UCHIMACHI BASE

主にバイクやその他の趣味について書いてます。

駆逐艦「蕨」「葦」海中調査記 ~「蕨」の映像撮影に挑む~

前回の記事。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 前回の記事では今年5月にアサヒコンサルタント株式会社様のご協力のもと行った駆逐艦「蕨」の調査について、得られたデータの解説とそれを元にした考察などを書いた。そして、前回の終わりにも少し書いていたが先月、9月中旬に駆逐艦「蕨」の追加調査を行った。内容はまず、水中ドローンを用いて5月の調査で確認された「軍艦」と呼ばれる謎の沈没船が本当に「蕨」なのか直接撮影して確認し、その後船体の3Dモデル作成のための写真撮影を行った。

 

今回の調査は鳥取県を拠点として国内外広く研究活動をされている水中考古学者の山舩晃太郎様、ドローンを用いた遺跡の3Dスキャン等をしておられる東京の民間会社「ワールドスキャンプロジェクト」様、九州大学浅海底フロンティア研究センター様等多くの方のご協力によって実現されたものであり、今までで一番大きなプロジェクトになった。

今回もボランティアで、つまりは無償で協力していただけることになり、そればかりかワールドスキャンプロジェクト様には調査に使う船の燃料代まで出資していただいた。本当にありがとうございました。

 

 

前回からの展開が急で、過去記事から読んでも訳が分からないのではないかと思う。そこで簡単にここまでの経緯を説明する。

 

そもそものきっかけは今年の2月末、東京で開かれた「水中戦争遺跡の保護と課題」という講演を聞きに行ったことである。

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内容はミクロネシアでの日本の水中戦争遺跡の現状や保護に向けた現地での取り組みなど....この講演を行っていたのが山舩さんであった。

 5月に予定していたアサヒコンサルタント様との調査とその後についてのヒントを得ようと参加したのである。この頃は「調査をやる」ということ以外は全く何も決まっていない状況で、取り合ってもらえるか非常に不安であったが、美保関沖事件のことを説明すると関心を持っていただいた。また山舩さんのご実家と私の家が同じ市内にあるという偶然もあって講演以降も連絡を何度か取り合っていたのである。

そして5月、マルチビームによる調査で沈没船らしき物体を発見し、それが7月に地元の新聞で報道されることになった。そこで、得られたデータについて専門家としてのコメントをもらうため再度ご相談させていただき、その際に追加の調査として今回の調査計画が浮上したのである。

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↓山舩さんのホームページ

suichukoukogaku.com

↓今回の調査について。

suichukoukogaku.com

↓調査の結果と「水中慰霊碑」設置の重要性などについて。

suichukoukogaku.com

 

ワールドスキャンプロジェクト

www.worldscanproject.com

youtubeチャンネル。

www.youtube.com

 

九州大学浅海底フロンティアセンター

scs.kyushu-u.ac.jp

↓前回の調査でお世話になったアサヒコンサルタント

www.asahic.co.jp

 

 

テレビ朝日の「報道ステーション」で今回の調査が放送されました。


初の水中撮影 駆逐艦『蕨』93年ぶりに発見(2020年9月21日)

 

 ↓NHK鳥取でも放送されました(掲載期限あり)。

www.nhk.or.jp

 

 

 

 

 

調査0日目。

この日は調査チームの皆さん、それから報道陣を連れて美保関事件の慰霊塔や所縁の地を半日かけて巡った。

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慰霊塔前で調査チームの参拝の準備をする慰霊の会のメンバー

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美保神社

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記念碑の前で美保関事件の説明を受ける一行

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五本松公園の慰霊塔にも

この日は非常に有意義であった。

 5月末からの一連の調査は、複数の民間企業や考古学者、大学機関等のご協力によって行われたものであるが、それ同時に昭和2年以来、90年以上慰霊顕彰と歴史継承に努めてきた境港、そして美保関の人々の長年の活動の上に実現し得たものでもある。今回の調査を実施するにあたって調査チームの皆さんにこれまでの地元の活動を少しでも知ってもらう、また地元の人には今までの活動が今回の調査に繋がっていることを感じてもらえれば、今回の一連の調査はきっと双方にとっても、より意義深いものになるだろう。

 

 

 

 

そして雨による延期を1日挟みいよいよ調査1日目。

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この日は水中ドローンを用いて「軍艦」の撮影を行うのが主な内容である。
報道陣も多かったため、船を2隻用意し、それぞれに分かれて現地へ向かった。

私が載った「オスプレイ-Ⅴ」がメイン(1号船)の調査船で、ドローンによる撮影はこちらが行う、もう一隻(2号船)は次の日以降に使用する装置の運用試験と、オスプレイの補助が主な任務であった。

 

↓ちなみに2号船はこの時の船をまたお借りした。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 

午前9時に出港し、前回のように2時間後、「軍艦」の真上に到着した。

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船の魚探で「軍艦」の影を探し真下にあるのを確認すると、早速ドローンを投入する。

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 ちなみに今回使用したドローンだが、水深100mまで行ける性能を有している。聞くところによると数年前に比べて随分と価格が安くなったそうだ。以前は300万円ほどしていた物が、今では50万円以下で買える、驚くことにAmazonで「水中ドローン」と検索すると同じものが売っていた。

 

  多くのテレビカメラが見守る中、海面に浮かぶドローンがボコボコと激しく水しぶきを上げ、潜行を始めた。いよいよ「軍艦」の正体が明らかになるのかと思われたが、これがなかなか難しいのであった。

まず船がうねりと潮に流される、そして風で向きを変える、当然ドローンも潮の流れによって流れていく・・・これらの影響で船のすぐ横に置いたはずのドローンがみるみる遠ざかっていくのである。当然船が流れるのであるから「軍艦」の上に留まるのも難しい、アンカーを下ろしても海底が砂であるためしっかりと掛からず、ずるずると引っ張っているようでまるで意味がなかった。極めつけは海底付近の視界の悪さ、「軍艦」にかなり接近しない限りは四方八方真っ青で何も見えず、海底を見ても永遠に砂地が続くばかりである。さらに船上では液晶ディスプレイに日光が照り付け画面が見えにくくなるのも捜索を難しくした。

 

さらに機材トラブルにも見舞われ、その対応のため調査が2時間以上中断。

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トラブルが一応の解決を見せた頃には時計は午後2時を回っていた。

 

ここで一旦休憩を取り、仕切り直し。

午前中の反省を生かして、船の操作やドローンの降ろし方を工夫する。

 風と潮の流れの向きを読み、そこから船がどう流されるか予想する。そして、その向きを計算に入れながら船を動かし「軍艦」に接近したらアンカーを下ろしてエンジンを止め後は船がどう動くかは天に任せた。

これを「軍艦」の真上で船が停止するまで何度か続けた。

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またドローンが流されるのを防ぐため、ケーブルに重りを追加した。

 

 4、5回目の移動で「軍艦」の直上に留まることに成功した。なかなか掛からなかったアンカーも向きによっては効くようで、風と潮とアンカーの絶妙なバランスで船が止まった。

魚探に「軍艦」の影が映っているのを確認するとすぐさまドローンの準備をする。

先ほどのトラブルで本来使用するはずだったドローンが使用できなくなってしまったため、念のため持ってきていた予備機が投入されることとなった。

 

船と「軍艦」の位置関係を確認してGoサインが出ると、海面に浮かべたドローンが再び深い海へと潜っていった。今度はケーブルに重りがついているため、それに引っ張られるようにして急速に潜行していく。電池を消費せず潜っていくので都合がよいとのことであった。

 

「20m、30m、40m...」と水深が読み上げられ、ドローンは再び「軍艦」の沈む水深96mへと近づいていく。気分はさながら惑星探査機を見守るNASAの管制室であった。

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 5分ほど潜行を続け、もう少しで海底に到達するいうその時「何か見えた!」と声がした。ついに来たか、と思うのと同時に妙な緊張感が込み上げてくる。

私は一目散にモニターへ駆けて行き、映像を見せてもらった。

 

暗幕をめくってモニターを見ると、巨大な沈没船が映っていた。

 

 

魚礁になっているというのは本当だったようでおびただしい数の魚の大群に囲まれている。船体は全体的にかなり劣化が進んでおりボロボロになっているようだ。

 

 

 この沈没船は駆逐艦「蕨」なのか。

私はとにかくその確証が得たくて映像と手元の写真を何度も交互に見たが、甲板上の構造物は既に崩れてしまっており判断の手がかりがなかなか見つからない。

 

 

しばらくすると先の尖った船体の端が見えた。「軍艦」の東側の端で当初、船尾部分と予想していた部分である。

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写真左側が東 提供:アサヒコンサルタント

映像をじっと見つめる。仮説の通りここが艦尾なら先端は丸みを帯びており下の部分にはスクリューや舵が見えるはずである。

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美保関灯台ビュッフェに展示されている蕨の模型

ドローンが近づくにつれてぼんやりしていた部分が次第にはっきりと見えてきた。

どうも艦尾にしては不自然な形状をしている...

先端部は傾斜が掛かっており、丸みは帯びておらず鋭い形状をしていた。海底付近まで行って見せてもらったが、先端部の傾斜はそのまま下まで続いていてスクリューも舵もついていなかった。

 

 

 「これは艦首だ...」

頭の中で何かがひっくり返ったような驚きがあった。

それは誰がどうみても船の艦首の形状をしていた。

しかもよく見ると「スプーンバウ」とよばれるタイプの、駆逐艦「蕨」のそれと非常にそっくりな艦首である。

このスプーン型の艦首形状は、これが駆逐艦「蕨」である結論付けるのに十分であるように思われた。

 

夢中で画面を見つめていたので、しばらくするとかなり酔ってきた。暗幕から顔を出すと2台のテレビカメラが私のリアクションを撮るべくすぐ目の前まで迫ってきている。少し恥ずかしく思うのと同時にふと我に帰った。

「何が見えましたか」とマイクを向けられ、「大きな沈没船が見えました。もしこれが蕨だとすると....」などと答えた。

この時は発見に喜ぶというより、次のステップに進めることにホッとする気持ちが強かった。

 

 

海底に横たわる「蕨」の船体とそれを取り囲む魚の大群......今まで見たことがない光景だった。ここは100名以上が亡くなった悲惨な事故の現場であるのに、沈没船と魚のコントラストは神秘的というほかないほどに美しく、感動すら覚えた...


-Warabi-

 

 

 

その後も数回撮影を続け、午後4時を回ったころ港へ向かって引き返した。

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到着したのは午後6時過ぎ。

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一足先に港へ帰っていた2号船の皆さん+α

 

その後、行きつけの喫茶店で調査の報告会を開き、慰霊の会の会長さんらに報告を行った。

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境港 喫茶「クロ」にて

沈没船が駆逐艦「蕨」と断定されたこと、そしてその姿が撮影できたことを非常に喜んでいただいた。会長さんは40年以上美保関事件の慰霊祭や歴史継承のための活動に関わり、その中で蕨艦長の息子の五十嵐邁さんを始め、遺族の方にも多くお会いしている。

そういう方に喜んでいただけたことは、今回の一連の調査の意義や成果を証明する何よりのものだと思う。

また、蕨の調査を計画した時、専門家と交渉すると相談したとき、「それはいい考えだ」と言って背中を押してくれたのも会長さんであった。

 

 

 

同時にこの時、映像の解析も行った。

船上では太陽光と船酔いでよく見えていなかったが、艦首の他にも強い力が加わり切断されたと思われる船体の断面など沈没船を駆逐艦「蕨」と判断する証拠がいくつか見つかった。

5月のマルチビームでの調査によって得られた、沈没船の全長、全幅、全高のデータと船体形状、海上保安庁と県水産課からの回答、そして今回撮影した映像....これらを総合すると、今回撮影された沈没船は駆逐艦「蕨」で間違いないだろう。

 

 この日は私にとっても、また慰霊の会においても、忘れられない一日となった。

 

 

 

 

次の日以降も現地へ行き、2日かけて3Dモデル作成のための作業を行った。

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こちらの様子については今回は割愛させていただく。

 

 

 

 

以上が、9月に行った水中ドローンによる調査である。

全6回にわたる駆逐艦「蕨」「葦」の調査は、これで一応一段落した。

「蕨」「葦」の調査の話が初めて話題に上がったのは昨年7月のことであったが、その時はまさかここまでのことが出来るとは想像もしていなかった。これもアサヒコンサルタントを始め、山舩さんやワールドスキャンプロジェクト、九州大学など多くの方の賛同とご協力によるものである。

次の活動として、これが最も大切なのだが、今回確認された「蕨」の船体の傍に「水中慰霊碑」を設置する予定である。これは事故で殉職された119名の慰霊に加えて、沈没からまもなく100年を迎える駆逐艦蕨を海の墓標、水中の戦争遺跡として周知し適切に保護していくために必要なことである。

 

詳しくは↓の山舩さんのHPで解説されているので是非ご参照いただきたい。

suichukoukogaku.com

碑についてはある程度計画がまとまってきており、来年夏頃の完成、そして来年8月から開催を予定している美保関沖事件の展示会で展示した後、再来年6~8月頃に現地へ設置する見通しである。

 

 

今回の「蕨」発見によって美保関沖事件が再び話題となった。そしてこれは山陰が舞台となった重要な歴史的事実が新たに周知されるそのきっかけとなったのではないかと思う。

また、慰霊の会を通してこの蕨の調査と今後行う水中慰霊碑設置を水中の戦争遺跡を保護する一つの取り組みの実例として、これから広く発信していきたい。

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~つづく~