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駆逐艦「蕨」「葦」海中調査記 ~経過報告~

海中調査の様子。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

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 5月末に実施した本調査から数か月、調査で得られたデータを受け取り、あれから色々と考察などしている。

今回は、この沈没船に関してこれまで分かっていること、そしてこれからの調査予定などを書いていこうと思う。

 

 

まずは、海中調査で得られたデータの紹介をする。

 

動画版


駆逐艦「蕨」「葦」海中調査データ 魚礁「軍艦」

 

 

上から見た様子。現段階の推察ではこの船体は2つに折れて沈没した駆逐艦「蕨(わらび)」であり、左側が艦尾、右側は艦橋の後ろ辺りから折れているのではないかと思われる。

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なお、全長は約50m、全幅は約8mで幅は「蕨」とほぼ同じ、船体が折れているので全長はやや短いが艦尾から50mというのは「蕨」でいうところのちょうど艦橋の真後ろの第二砲塔付近に該当する。

 

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参考までに蕨と同型の駆逐艦「樅(もみ)」のプラモデルの設計図と重ね合わせた画像。

本当は設計図でもあればいいのだが、探せど一向に見つからないのでプラモデルの裏表紙で失礼する。

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幅や艦尾までの船体の形状が非常に似ていることがわかるだろう。データは高さで色分けがしてあり、赤に近いほど高くなっているのだがちょうど艦尾と切断面付近が赤くなっている。おそらくだが、艦尾が鉄甲板であるのと切断面付近にはボイラーやタービンなどが配置されていることに関係しているのではないだろうか。

 

 

左舷後方より。

甲板上の構造物などは確認できず、かといって綺麗な平面とも言い難い。

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ビームが当たらなかったところは透明になっているのでどのような形状をしているのかは不明。

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側面に砂が堆積しているのか、沈没船周辺もやや盛り上がっている。

 

 

右舷前方より。

切断面と思われる部分は通常の船では考えられない歪な形状をしていることがわかる。

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スパっと切断されているというよりはすり潰されたような、強い力がかかって折れたような印象を受けるが、これが「蕨」であれば沈没後90年以上は経過しているのでその間の経年劣化を考えると折れているには違いないが何とも言えないところである。

 

やや引いて見た図。

沈没船の周囲は起伏のない砂地の地形で、他の海底障害物などは何もない。

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 以上が今年5月に行った海中調査で得られた結果である。この調査では地元で「軍艦」と呼ばれてきた魚礁が駆逐艦「蕨」に形状が非常に似た沈没船であることが分かった。

また、この沈没船は船体が途中で切断されており、その他の部位も破損が激しく甲板上の構造物などもなぎ倒れているのではないかと考えられる。調査を実施した「アサヒコンサルタント株式会社」様の調査報告書によると、今回使用したマルチビームソナーは浅海用のものであったため水深96mの深海は機材の性能限界に近く、そのため従来よりデータが粗いとのことであった。船体の形状はかなり正確に測定できているが甲板上の微細な構造物まではさすがに把握できなかった。

 

 次に、このデータをどう見るかということについて。事故当時、掃海作業に従事し、慰霊祭を続けてきた地域で長年「軍艦」と呼ばれていた魚礁が本当に沈没船だった。それも「蕨」に形状が近く、船体が折れている。と、ここまでの情報でこれが「蕨」であると断言したいところであるのだが、それがなかなか難しい。

戦後に海難事故で沈んだ貨物船等かもしれない、人工魚礁として沈めた漁船かもしれないなどと考えるとこのマルチビームのデータだけではそれらの可能性が否定できないのである。

実際マルチビームのデータを資料として戦艦大和等の沈没軍艦の調査経験のある呉市の海事歴史科学館「大和ミュージアム」に相談をしたところ、「そのデータだけでは何とも言えない」と、データを見てもらうことさえ叶わなかった。

 

やはりこれが「蕨」だと結論付けるためには最終的に水中ドローン等を用いて船体を直接撮影しなければならないようだ。

しかし、そう簡単に追加調査など出来ない...

そこでまずは少しでも「蕨ではない別の船」という可能性を潰そうと、データを元に海上保安庁と県の水産課に問い合わせを送ってみた。

 

まずは海上保安庁

鳥取県京都府舞鶴市の「第八管区海上保安本部」の管轄になっているので、第八管区海上保安本部の「海の相談室への問い合わせフォーム」から問い合わせを送った。内容は調査の概要と結果、そして今回見つかった沈没船について何か情報を持ち合わせていないかということ。この「軍艦」は沈船としても海底障害物や魚礁としても海上保安庁発行の海図には記載されていないが、何らかの記録は残っているかもしれない。

 

返ってきた回答を見て驚いた。この沈没船は海上保安庁の記録に残っていない未発見のものということであった。過去においては水深30mより深いところの沈没船は航海に支障ないものとして情報があっても海図に掲載しない扱いになっていたようだが、そもそもこの沈没船に関しては全く情報がなかったらしい。

 

海上保安庁の記録にない沈没船とはどのような船なのだろうか。他に似たような事例がないか調べたところ下記のような記事を見つけた。

「越前岬沖30キロに謎の沈没船 戦時中に沈められた可能性も」

福井県越前町の沖合約30キロ(水深約240メートル)の海底に、海上保安庁の記録にも残っていない謎の沈没船があることが、県水産試験場の超音波調査で分かった。沈没船は全長約70メートル、マスト高約16メートルに及び、形状などから近代以降のものとみられる。敦賀海上保安部は「この海域で近年、大きな船が沈んだという事故などの情報は把握していない」としている。

2016年3月29日 福井新聞ONLINE

https://sokuhou.fukuishimbun.co.jp/news/20160329p1.html?ref=tkol

 

 福井県越前岬沖30km、水深240mの海底で海保の記録にない沈没船が見つかったという事例である。この沈没船も美保関の「軍艦」と同様に地元で「シンヤマ」と呼ばれている魚礁であったようだ。

その後の調査でこの「シンヤマ」は戦時中に撃沈された貨物船であることが分かっている。

10mtv.jp

 海上保安庁設立以前の沈没船、それも戦争などやや特殊な事情で沈んだ船に関しては記録が残っていないことがあるようだ。水深が240mと深く、戦前の技術水準では捜索が困難であったという点も記録にない1つの要因だろう。

逆にいえば、戦後に海難事故で沈んだような沈没船についてはほぼ全て記録が残っているのではないだろうか。乗員の少ない小型漁船等が突然行方不明になったならともかく、50m以上にもなるような大型船が沈んで、海上保安庁が救助や捜索に行っていない筈がない。

このことから「軍艦」も海上保安庁設立以前、つまりは戦前に沈んだ船である可能性が高いと考えられる。戦前なら海軍の水路部という組織が海図制作などを担っていたが、この沈没船が記録に残らなかったのは水深が深いためか、それとも別の理由があったのかは定かでない。

また、過去に水深180mの海底で「蕨」を発見したという記録があることから「軍艦」の付近に他の沈没船がないか聞いてみたところ、水深180m付近であれば今回発見された地点から約30km北北西方向に唯一沈没船があるとのことであった。これは流石に違う船だろう。

 

以上のことから美保関沖の「軍艦」については

・沈没したのは海上保安庁設立(1947年)前である可能性が高い。

・付近にその他のそれらしい沈没船は無い。

・「しまね丸」や「NHK松江放送局」が過去に確認した水深180m地点の沈船も同様に記録にないものである。

 といえるだろう。ちなみに調査で得られた情報は全て海保に提供し、航海の更なる安全のため近々「軍艦」は沈没船として正式に海図に記載される見通し。

 

 

続いて鳥取県の水産課。

こちらに聞いたのは魚礁として漁船などを沈める際、それは記録に残るのか、そもそもどのくらいの大きさの船を人工漁礁とするのか、そして「軍艦」が人工魚礁である可能性はあるのか、ということをである。

頂いた回答は下の通り。

回答

県では、昭和29年以降に県が設置した人工魚礁(沈船魚礁を含む)を台帳管理して把握しております。今回の構造物は台帳に記載がないため、県が設置したものではありません。

なお、人工魚礁として沈められた可能性の判断はできませんが、県が設置した最大の沈船魚礁(885空㎡)と比べ、今回の構造物は2,558空㎡(全長54.4m×幅8.4m×高さ5.6m)と大きく、人工魚礁として沈めた可能性は低いと思われます。

 

 まとめると

・「軍艦」は県が設置した人工漁礁ではない。

・沈船魚礁としては明らかに大きすぎる。

ということであった。

 

また、漁業関係の資料として過去にこの「軍艦」「蕨」の記載のある会議議事録を教えて頂いた。

それがこちら、

日本海・九州西広漁業調整委員会 第 15 回 日本海西部会議事録

平成20年10月21日

http://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/s_kouiki/nihonkai/pdf/nn_15.pdf

 これは国が進めていた漁場整備事業、「フロンティア漁場整備事業」に関する会議で好漁場だが、やや問題のある魚礁「軍艦場」として蕨についての言及がある。

 ○事務局(上田) 軍艦場というのは、昔から「蕨」という戦艦が沈んだところで、それが崩れて大変いい漁場になっていると。今は全部崩れていますけども、いまだにいい漁場だと。アカガレイの大変いい漁場だったんですね。
このアカガレイを狙う形態の違う漁業が2種類あります。それは、沖合底びき網漁業ですね。所謂かけ回し。それからもう一つは、2そうびきですね。そこに魚礁を入れることについて、これら2つの漁業において調整が中々図れなかったということで保留にしてあった場所です。
今回のフロンティア事業で魚礁を入れる場所はそこの近くでありますけども、その場所は外してあるということです。
○志幸委員 何だか答えになっていないみたいですけれど、わかりました。その周りにフロンティア計画をしていくということですね。簡単に言えば、漁場が広がるわけですね。
○事務局(上田) そうですね。
○志幸委員 そういうことになるでしょう。好漁場も結局アカガレイを増殖させる。
○事務局(上田) 整備課の方から話をさせます。
○山本漁港漁場専門官 整備課の山本です。
少し補足させていただきますと、現在軍艦場には、過去の沈船がまだ残っているということで、魚礁の機能があります。ただ、その周辺も非常にいい漁場だと聞いておりますので、今、正確には数字を覚えておりませんが、そこからずらしたところへ魚礁を入れていきます。
皆さんのお手元にある資料4の中で、赤碕沖という漁場がちょうど鳥取県の沖合にありますが、第4というところに赤い点がありますけれども、ここに一つ漁場整備をさせていただいているということで、現在、既存の軍艦場の過去の魚礁と連携をさせていただいて、よりこの海域の漁場効果を高めていくという整備をしております。
○志幸委員 星印のところが軍艦場なんですね、赤碕沖漁場の。
○山本漁港漁場専門官 第4です。
○志幸委員 第1、第2、第3というようなフロンティア漁場を設けるということで、今、事業を進めるということなんですね。
○山本漁港漁場専門官 そうです。軍艦場の正確な位置は、ちょうど第4のところに緑の線で曲がっているところがあるんですけど、その近くが軍艦場と言われているところです。

日本海・九州西広漁業調整委員会 第 15 回 日本海西部会議事録

平成20年10月21日

 また、議事録中の「お手元にある参考資料4」というのがこちら。

国が行う漁場整備事業(フロンティア漁場整備事業)について(H19年度~)

http://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/s_kouiki/nihonkai/pdf/nn21-3.pdf

 

議事録中で言及されている「軍艦場」は今回調査した「軍艦」と同じ地点である。魚礁としての「軍艦」、「蕨」は鳥取県の漁業関係者の間では昔からかなりよく知られた存在であったことが分かる。

 

 

ここまでの結論として「軍艦」は

「戦前に沈没した沈船魚礁ではない沈没船で、船体形状や全幅が「蕨」に似ており、かつ船体が折れている。」

ということが言える。

個人的には「軍艦」は駆逐艦「蕨」で間違いないと確信している。ここまで条件がそろっていて別の船ということはかなり考えにくいと思う。

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今後の予定だが、今年9月中旬に水中ドローンを使った、追加調査を予定している。

(追記予定)

 

 

~つづく~

 

タウンメイト、エンジンブローからの復活。

 前回の記事。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

以前エンジンを乗せ換えて80ccになったタウンメイト。

馬力が上がって利便性が増したので最近は父の通勤用&遊び用バイクになっている。

3000円で買ってきた時は、1年くらい乗ったら捨てようなどと思っていたものだが、今ではすっかり日常の足として重要な役割を果たしている。雨の日でもあまり気にせず乗れて、なおかつロクに面倒を見なくても基本的にはどこも壊れる気配がない。

 

 

 

そんな週末のある日、「メイトがぶっ壊れた」と出先の父から突然電話が掛かってきた。どうも4速60km/hで巡行中、操作を誤って4→N→1とギアを変えてしまい、その瞬間エンジンが悲鳴を上げて絶命したらしい。いつかやると思っていたが、ついにその時が来たのだなと思った。

 

タウンメイトに限らずロータリーミッションを採用している原付のいくつかは4速(3速)からシフトペダルを二回踏むとニュートラルを通過してそのまま1速に入ってしまう。この時、60km/hで動いている車体に1速の強力なエンジンブレーキがかかることになるが、後は想像に容易いだろう。

エンブレが勝った場合は60km/hから大転倒、負けた場合はクランクが通常あり得ない回転数で回り、その動きに追いつかなかったバルブがピストンにヒットして欠ける、もしくはひん曲がる、またはピストンが焼き付くなどしてエンジンが壊れるのである。

 

現場までメイトを取りに行くと、民家の庭の脇に静かに置いてあった。

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 哀れなメイト。

 

こういう故障をした時はむやみにあちこち触るのはやめたほうが良いに違いないが、どうしても気になったのでその場で症状を軽く確認した。当然転んだものと思っていたが、どうやら転倒は免れたらしい。外装までやられると流石にもう直す気力がなくなるのでその点は助かった。

問題の圧縮を確認する。バルブが割れて燃焼室内に落ちているかもしれない、もしくはピストンが欠けて破片がどこかに挟まっているかもしれないという懸念をしつつも、手でキックペダルを押し下げる。

「スッカスカ」である。

プラグを付けないでキックをした時以上にスカスカである。

これは間違いなくバルブが逝っている。ただ、何か擦れるような音や引っ掻くような音などは一切なく、圧縮が無い点を除けば全く健康そうな感じだった。最悪焼き付きを起こしているかもしれないと思っていたが、スムーズに動くのでその心配はなさそうである。

 

 

とにかく、軽トラで家まで持って帰ることにした。どういう話の流れでこうなったか忘れたが、近くの鉄くず屋に売っていた行灯カブまで持って帰ることになった。

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ガレージに搬入後、分解してどこがどう壊れたのか確認する。

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とりあえずキャブレターとマフラーを取り、エンジンを分解していく。

以前、50ccメイトのピストンリングを交換したことがあるので大体の構造は分かる。

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akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

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ヘッドを取った図。

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ピストン。幸いにも目立った傷や凹みは一切なし。

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 バルブ側。一見普通。どこが壊れたのかわからない。

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どこが悪いのか分からなさ過ぎて一回元に戻した。

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キックペダルを押し下げてみると、やっぱり圧縮が無い。なのでやはりどこかがおかしい。

 

再びヘッドを外して吸排気のポートにそれぞれパーツクリーナーを溜めてみた。バルブがおかしければ漏れてくるはずである。

吸気側は全く漏れなし。一方の排気側は....ドバドバ出てくる...一見大丈夫そうに見えたが歪んでいるようだ。

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これで今回の故障箇所は排気バルブだと分かった。幸いにもその他のパーツは無事であるようだ。想像以上に頑丈に出来ている。

 

 

早速、部品を注文した。

元々腰上のオーバーホールをしようと考えておりピストンリングやガスケットは買いそろえていたので、今回は排気バルブとついでにステムシールを注文。

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生産終了からしばらく経つので純正部品があるか心配だったが、排気バルブは2000円で普通に売っていた。なんとも良心的な価格で助かる。

 

 

2日くらいして部品が届いたので作業再開。せっかくなのでピストンリングも交換する。

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 クリップを外し、ピストンピンを引き抜いてピストンを外す。

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 5万㎞走っているが割と状態のいいピストン。多少の擦り傷はあるが、再利用。

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上のギトギトしたカーボンはガスケットリムーバーで綺麗にした。

 何度使っても慣れない、鼻の奥の粘膜が破壊されるようなすごい臭いがする。

 

 

シリンダーは下のほうが錆びていた。どうもこの辺りはピストンが触れていないらしい。致命的な傷は無さそうなのでこのまま再利用。

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古いガスケットを剥がす。

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オルファ:OLFA スクレーパーS型

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ピストンリング

いつもどれがどれだかよく分からなくなるのだが、メッキがトップリング、刻印がある方が上とだけ覚えておけば大体何とかなる。

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リングを付けたらピストンをコンロッドに取り付け、シリンダーに入れていく。

毎回クリップを留めるのに大変苦労する。CDやスーパーカブのに比べてメイトのピストンクリップは硬いのか、なかなか入ってくれなかった。

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ピストンリング交換時にはシリンダーのホーニングをしたほうが良いというのを見たことがあるのだが、そんな技術はないのでこのまま使用する。

 

これでシリンダー側は終了。フライホイールを回してピストンがスムーズに動くかだけ確認。

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 続いて、ヘッド。

まずはロッカーアームを外すためアームを留めているカラーを引き抜く。カラーの内側にはM8のネジが切ってあるのでそこにボルトを締めこんで引き抜くのだが、これがめちゃくちゃに固い。

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 以前スーパーカブのヘッドを分解したときは傾けて振れば抜けたのでびっくり。

 

ペンチで思いっきり引っ張ってもハンマーで叩いても微動だにしないので、汎用ステーとボルトでこういう装置を作った。材料費400円。

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ボルトの頭を押さえてナットを締めこむとゆっくりとカラーが抜けていく。

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ロッカーアームを取った後、バルブを外す。

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これが問題のエキゾーストバルブ。

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回してみるとよく分かるが、完全に歪んでしまっている。


タウンメイト エキゾーストバルブ

 

バルブ新旧比較。同じ部品と思えないほど見た目が違う。

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雑に擦り合わせをする。

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ついでにカーボンも落としてきれいにした。

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バルブスプリング。多分上下がある....ないかもしれない。

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ステムシールを交換したら元に戻していく。

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引き抜くのにあれだけ苦労したロッカーアームのカラーは当然入れる時も同じくらい固い。

指で押したくらいでは全く入っていかなかったので写真のようにM8のボルトをねじ込んだ後、ハンマーでぶっ叩いて強引に入れた。

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カラーが入るかエンジンがぶっ壊れるかというところだった。しかし他に良い方法が思い当たらなかったので仕方ない。

ロッカーアームが付いたらタペットクリアランスの調整をする。タウンメイトのタペットクリアランスが分からなかったのでスーパーカブの「0.05mm」を参考にしてとりあえずその通りに調整した。

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ヘッド取り付け。

スタッドボルトの締め付けトルクもスーパーカブのを参考に「0.9~1.2kg-m」とした。

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最後にマフラーやキャブレターを元に戻して完了。
マフラーは錆が浮いてきていたのでピカールで綺麗にして耐熱クリアを吹いた。

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完成。

エンジンは問題なく始動。吹け上がりも良好。

腰上の汚れを落とした上にピストンリングやステムシール等消耗品は大体交換したのでむしろ前より調子がいい。トコトコと歯切れのよい乾いた音がして乗っていて非常に気持ちが良い。

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今回こそ廃車かと思われたメイトだが、なんとなく直ってしまった。しかし、もう一回同じことをやれば次こそはもう直せないだろう。タウンメイトの80ccエンジンは数も少なく貴重なのだと聞く。今後も通勤快速として長く活躍してもらいたい。

 

 

 

~おしまい~

06:スーパーカブ、エンジン腰上オーバーホール 後編

 前回の記事。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 

ヘッド。ロッカーアームとカムを外したところ。

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ロッカーアームはカラーで止まっている。カラーにはM8のネジが切ってあるのでM8のボルトをねじ込んで引っ張るようにすれば外れる。

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バルブスプリングコンプレッサーでバルブを外す。

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外れたバルブ。

こちらは排気側だが、オイル上がりを起こしているのもあって走行距離の割に汚れている方ではないかと思う。

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バルブスプリング。

一見上下の向きは無さそうに見えるが、緑色の塗料が塗ってあり向きが区別されていた。塗料がついている面が上らしい。

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掃除には以前使ったガスケットリムーバーを使う。

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バルブもガスケットリムーバーにつける。

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結構きれいになった。

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ベトベトのピストンも

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同様にきれいにする。

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一通りきれいになったら元に戻していく。

まずはヘッドから。

 

 

バルブステムシールを取り付け。一つ300円くらいと安い割に大事な部品かつここまで分解しないと交換できないパーツなので新品にした。

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部品番号は「12209-GB4-681」

 

 

バルブをかるく擦り合わせた後、スプリング等を組み元に戻していく。

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続いて、ロッカーアームやカムを取り付ける。

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ロッカーアームのカラーを入れたらヘッドのサイドカバーを取り付ける。

ガスケットを綺麗にはがして新品に交換した。

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 これでヘッドは完了。

 

 

続いてピストンリングの交換。

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メッキがトップリング、黒くガサガサしたようなのがセカンドリングである。それぞれ上下があるので刻印がある方を上にして取り付ける。

リングの合口が被ると圧縮やオイルがそこから抜けてしまうのでずらすようにする。3方向、120°ずつずらすとよいらしい。

 

 

やや不安の残るシリンダー。錆びた部分が削れて若干段差ができているようである。

この段差がオイル上がりの原因ならピストンリング交換では治らないかもしれない。

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ピストンをシリンダーに入れていく。個人的には先にある程度ピストンをシリンダーに入れてしまってからコンロッドに取り付ける方が楽に組める。

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ピストンピンを入れてクリップで留める。

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 シリンダーが入った。

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続いてヘッド。

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カムスプロケットを取り付ける。

フライホイールのTマークをカバーの切り欠きに合わせたとき、カムスプロケットの印とヘッドの切り欠きが合うようにする。

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ヘッドの蓋をつけてボルトを締める。

4本あるうち、オイルが通る左下だけ銅ワッシャー。

ここのナットのトルクは0.9~1.2kg-m

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ヘッドカバーには矢印がついているので矢印の向いている方を下向きにする。

シリンダーの側面部にも2本ボルトが通っているが、このヘッドのスタッドボルトを締めた後に締めこむようにする。

 

 

残りの作業をする。

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出来た。

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エンジンをかけてみると、リング交換前よりも音が軽快で調子がよい感じがする。

ただ、肝心のオイル上がりが微妙に治っていない...アイドリング状態ではあまり問題無いが少し吹かすとやっぱりマフラーから白煙が出てくるようだ。

 

 

 

 

ついでに異常に暗いヘッドライトも修理する。

電球が切れかけているのかと思ったらレギュレーターの故障だった。

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 ヒューズが切れたり、バッテリーが上がったりという以外の症状でレギュレータが故障している時が割とあるので、電装が急におかしくなったらレギュレーターを交換してみると治るかもしれない。

 

 

今回、オイル上がりの修理のためピストンリングを交換したが、結果として完治できなかった。走行距離7000km程度なのでピストンリングの消耗ではなく、他に原因があったのだと思う。多分シリンダーである。純正新品は1万円以上するし、社外の50ccシリンダーは売っているのを見たことがない。さて、どうしたものか...

 

~完~

 

05:CD125Tレストア記。 ~エンジン腰上オーバーホール 塗装編~

 前回の記事。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

前回はエンジンヘッドのオーバーホールをした。実は作業自体は去年の夏のことである。 

これを書いている今現在、車体購入から1年近く経過したが未だにレストアは終わっていない。エンジンを組み立てた後も点火系やキャブの故障でなかなかエンジンがかからず、すっかり参ってしまって作業が進まずにいたのである。機構が古く、情報も少ないため構造を理解して故障部品の代替品を探すのにもかなり苦労した。

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それでも地道に作業を続け、昨日ようやくナンバーを取得し公道を走ってみた。あと数か所の修正で完全にレストアが終了する。

 

 

 

といったところで今回の本題に入る。

今回オーバーホールしているこのエンジン、錆と汚れで外見が非常に汚い。

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真鍮ブラシで綺麗にしようとしてみたが、このエンジンはシリンダー部のフィンが深く、奥までブラシが届かなかった。それに錆が結構深くまで広がっており(特にセルモーター部)、どこまで磨いてもご飯のおこげのような茶色が取れない。

仮に磨いて綺麗な金属光沢が出せたとしてもそれを維持するのは難しく、すぐに錆びてくすんでしまうだろう。銀に光る旧車のエンジンにとても憧れがあるのだが、仕方なく今回は塗装することにした。

 

 

 

まずは下準備。塗装するとはいえできる範囲の錆や汚れはブラシで落とした。 油汚れは塗装をはじいてしまうのでパーツクリーナーで脱脂を念入りにする。本当なら脱脂はシリコンオフがよい。

 

全部塗るのでマスキングはかなりいい加減。エンジン内部に塗料が入らないようにさえすればよい。

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前々回、エンジンの腰上を分解しているので、まだバラバラ状態なのだがマスキングの都合により一度適当に組み立ててから塗装する。

 

↓過去の記事。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 

今回塗るのはシルバーの耐熱スプレー。

ちょうど スーパーカブのエンジンを塗った1週間前に作業をした。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 

まずミッチャクロンを下地として吹いてみたが、結論から言うと不要であった。ミッチャクロンの耐熱温度は100℃もない。せっかく耐熱スプレーを使うのにその下地が熱に弱くてはまるで意味がない。

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そうはいってもエンジンを塗るのはこの時が初めてだったので今回は塗ってしまっている。

 

垂れないように少しずつ、凹凸が埋まるように塗っていく。

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近くで見ると微妙だが、離れて見るととてもきれいに見える。

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スプロケカバーと比べるとこれだけ変わった。

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セルモーターは取り外した状態で塗る。

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後は耐熱塗料の焼き入れの作業をしなければならないが、今回はエンジンが大きいので行えない。走れるようになったときに何とか熱で焼き入れできることを期待している。

 

次回はいよいよピストンリングの交換をしてエンジンを組み立てていく。

 

 

 

~つづく~

 

04:CD125Tレストア記。 ~エンジン腰上オーバーホール ヘッド編~

 前回の続き。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

とりあえず一度腰上を分解したエンジン。

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 今回はヘッドのオーバーホールに挑戦する。

 

 とりあえずまずは分解していく。

バルブを外すための工具。「バルブスプリングコンプレッサー」というらしい。

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こんな感じで使う。

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外れたバルブ。鉛筆の芯のように固くなったススがこびりついている。

多分、かなり汚い方だと思う。

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これはバルブのステムシール。ここが痛んで穴の径が大きくなったりするとオイル下がりの原因になるらしい。

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とりあえずドリルにバルブをつけて真鍮ブラシで磨いてみたりする。

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綺麗になった。

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続いてヘッドのガスケット剥がし。これがかなりの重労働。

40年間圧着されていたためにガチガチに固まってなかなか取れない。それと吸排気のポートに付着した大量のカーボンもどうにかしたい。

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カーボンやへばりついたバスケットはパーツクリーナーではほとんど綺麗にできない。

そこで今回はガスケットリムーバーというのを買ってみた。

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この薬品、かなりキツい臭いがする。塗装の剥離も効果に挙げられていたが、以前使った塗装剥がしと全く同じ臭いがしたのでおそらく成分が同じなのだろう。もしそうなら塗装剥がしの方が安いのでそっちを買った方が得かもしれない。

 ちなみにカーボン汚れならKUREのエンジンコンディショナーも割と効果があった。

 

 

スプレーするとふやけるのでヘラとブラシで掃除する。

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オルファ:OLFA スクレーパーS型

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  • メディア: Tools & Hardware
 

 

このくらいで妥協。

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バルブを組む前にすり合わせの作業をする。

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専用のコンパウンドですり合わせをし「光明丹」というインクのようなもので面が出ているか確認をするのが正規の方法らしいのだが、今回はピカールとパーツクリーナーを使用した。

バルブの接地面にピカールを塗りタコ棒にバルブをつけてカンカン叩くように擦り合わせをする。接地と同時にくるっと少しだけバルブを回す感じ。あまり回しすぎるとバルブの接地面が広くなりすぎて駄目になってしまう。

今回は部品を交換していないのでそこまで念入りに擦り合わせる必要はない。

ピカール 金属磨き 300g

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 ある出来たらバルブを仮組みし、吸排気のポートからパーツクリーナー(灯油でも)を吹きかけて漏れてこないか確認する。漏れてこなかったら一応擦り合わせは出来ている(ということにした)。

 

 

 

各部の清掃も終わり、準備ができたのでバルブを組み付けていく。

 

 ステムシール新旧比較。古い方はバルブの通る穴が摩耗して広がっている。

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 変形したり傷がつかないように取り付ける。

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バルブスプリング。きちんと向きがあり、間隔がせまくなっている方が下側。小さいほうも同様。

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外した時と逆の手順で組んでいく。

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完成。

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次回以降はエンジンの塗装やピストンリングの交換をしていく。

 

 

 

~つづく~

駆逐艦「蕨」「葦」海中調査記 ~本調査編~

 前回の記事。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 前回の仮調査からだいぶ日が開いたが、いよいよ本格的な機材を用いて調査を行う。

今回の調査は地元の建設コンサルタント会社である「アサヒコンサルタント株式会社」様のご協力により行われる。通常であれば数百万円かかる調査を今回は特別にボランティアで引き受けていただいた。本当にありがとうございます。

海底調査に使用する機材といえば「サイドスキャンソナー」が有名であるが、今回使用するのは「マルチビームソナー」。サイドスキャンソナーが超音波を用いた海底の写真撮影のような技術であるのに対して、今回のマルチビームソナーは500本以上の超音波を海底へ照射し、得られた膨大な水深の点群データを立体的に組み合わせるようにして海底の地形を再現する技術である。

 

 

 

調査前日。

この日は船にソナーなどを取り付ける作業。

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ソナーを船体に取り付けるための金具。非常に堅牢で重く、これだけで船が傾くほどである。大小の木材を使い船体を傷つけないように、また、ソナーが水面に対して垂直になるように調整しながら取り付けていく。

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マルチビームソナーのソナー部。

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全て設置するとこんな感じ。船の後部にはデータを処理するためのコンピューター(?)やパソコンがある。写真は動作確認をしているときの写真。

また、この白い円盤状のものはGPSの受信機らしい。

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正常に動作していることが確認できたので、ソナー部や金具だけを残して後は一旦片付け、事前の準備は終了。

 

 

 

明日、明後日で全てが決まるのかと思うと謎の緊張感があった。

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美保基地のC-2。

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そして調査当日。

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天気晴朗、波の高さの予報は50cm~1m。前回の反省を生かして今回は酔い止めを持ってきた。

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機材の準備をして出港したのは午前7:00。

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 この日は一段とまた船が揺れる。しかし耐性がついたのか酔い止めのおかげか、幸いにも船酔いすることはなかった。

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 今回の調査では前回の仮調査で存在を確認した「軍艦」と呼ばれる魚礁をまず調査し、それが駆逐艦「蕨」「葦」でないことが明らかだった場合は直ちに小説「美保関のかなたへ」や昭和2年当時の新聞報道などで事故現場及び蕨沈没地点とされてきた「美保関から北東20海里、東経133度35分、北緯35度49分」の付近へと向かう。

調査日程は2日間の予定だが初日で発見されれば1日で終了する。

 

 

↓当時の新聞報道等や市の歴史資料にある「沈没地点」のまとめ。

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 正直なところ、この「軍艦」という魚礁が外れた場合、調査はかなり厳しいものになるだろう。というのも当時の新聞や歴史資料で言われてきた蕨の沈没地点はかなり大雑把かつ情報源によってバラつきがあり、可能性のある場所を全て調査しようとすると調査範囲がとんでもなく広くなるのである。

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上の画像のように地図で見ればこんな範囲くらい簡単そうに思えるのだが、現地に行くとよくわかる。

海はあまりにも広い。

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というような心配をしている間にも船は進み続け、出港から2時間後の午前9時過ぎ、「軍艦」へ到着した。

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機材の準備をして測定を開始する。

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測定画面を見ながら船を操作し、雑巾がけをするようにして隈なく海底を見ていく。

この日の目標は「『軍艦』がどのようなものか把握する」ことである。

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↓青くなっている部分が既に一度測定した地点。

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↓ソナー部の様子。


「蕨」「葦」海中調査 day1  マルチビームソナーの様子

 

 

しかしここでトラブル発生。GPSによる位置情報取得に不具合が生じ測定が思うように進まない。聞くところによると、この機材はGPSの補助電波(?)として携帯回線の電波を利用しているらしいのだが、今回はあまりにも沖合に出たためその電波が十分に届かず、電波が入ったり途絶えたりを繰り返すので、座標データに狂いが生じているらしい。

うねりに揺れる船上で至急、技術者さん達の作戦会議が行われた。測定機材を再起動したり、コードを接続し直したり、繋がらない電波をなんとか掴み、どこかへ電話をかけて相談したりと懸命の復旧作業がしばらく続く。およそ1時間後、ついにこの電波状況でもなんとか測定できるようになった。

午後から仕切り直して「軍艦」の周辺を調査していった。先ずは「軍艦」の正確な位置と大まかな形や大きさを把握するため、ビームの照射範囲を広く設定し粗くはなるが広範囲で測定を行う。

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ビームの照射角度を広げているので得られる画像も粗く、何がなんだがよくわからない。やはり「軍艦」には何かが沈んでいるらしいのは確かなようだったが、測定画面ではそれが海底の岩のようにも見えたし、砂地から尾根だけ顔を出す山のようにも見えた。

 

 

この日の調査は午後3時で切り上げ、港へ帰った。

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↓1日目に得られた測定データ。この時点では40m級の細長い物体が近い距離に2つ存在するらしいとの結果であった。赤くなっている部分が「軍艦」である。

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↓少し見やすくした画面。海底に何か船のようなものがあるのがわかる。

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本調査初日の時点でどうやら「軍艦」は本当に船であるらしいということが分かった。それも40mを超える巨大なものである。この時点では「軍艦」は同規模のものが隣接して2つあるとの見方だったので何か巨大な船が2つに折れているのではないかと予想された。しかしビームの照射範囲が広かったのと、終始調子が優れなかったGPS信号の影響であまり綺麗に写せなかったとのことであった。

 

 

この結果を受けて調査2日目は「軍艦」のより詳細なデータを取得することを主目的とすることとなった。1日目はビームの照射幅を広げて測定していたので、それを限界まで狭めて測定を行う。

また、せっかくの調査機会なので過去に「蕨沈没地点」とされた場所も時間があるようなら見に行くかもしれない。

 

 

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港にいた鳥

謎の緊張感と高揚感にだいぶ後からきた船酔いが混ざり、この日はあまり眠れなかった。

 

 

 

 

 

そして調査2日目。

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昨日同様、午前7時に港を出発した。

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この日は波が全くない予報で天気も非常に気持ちの良い快晴である。

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美保関町五本松公園の「平和祈念塔」もよく見える。

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午前9時頃、「軍艦」に到着した。

既に2隻の釣船が釣りに来ており、鯛などを釣り上げている。「軍艦」は今でも魚礁として利用され、地元の人から釣りスポットとして親しまれている。

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その釣船を避けて通るようにして測定を開始する。

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釣りをしている人たちが「一体この船は何しに来たんだろう」と不思議そうにしているので「すいませーん、『軍艦』の調査に来ましたー」などと大声で挨拶などしてみたのだがいまいちピンと来ていないようであった。

 

 

この日の調査は前日とは打って変わって非常に順調である。

GPSの電波の問題を一体どうやってクリアしたのか私にはよく分からなかったが、おそらく昨日の夜に相当対策を練られたのだろう。

 

 

調査開始から程なくして昨日より精度を上げた測定画面に巨大な船のようなものが映り始めた。ちょうど釣船を目印にしてそのそばへ向かうと「軍艦」の真上に来るのである。


「蕨」「葦」海中調査 day2 「軍艦」直上を通過した時の測定画面の様子

 

 

 

昨日のデータと比べて格段に精度が上がっている。

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どうやら昨日2つあると思われた海底障害物は実は1つしか無いようであった。昨日はGPSの位置情報が途中でズレてしまっていたため、1つのものが重複して見えていたようだ。

 

 

 

上のデータを少し横から表示した画面。これが天然地形でないことは明らかであり形状からしてこれはおそらく船である。

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全長は単純な計測ではあるが48m、幅は約8mである。樅型駆逐艦は全長88m、最大幅7.9mなので一応全長の条件を満たし、幅は同じくらい。

全長から考えてもし仮にこれが今回探している駆逐艦だとするとこの船体は一隻丸ごと沈没した駆逐艦「蕨」のものであると思われた。これだとも違うとも言い切れないので、とりあえず次はこの船体を中心に周辺を調査することにした。「蕨」は船体が真二つになり「葦」もその近くで艦尾を切断されたため、もしここが衝突地点ならば近くにそれらも落ちているはずである。

 

結果として、半径約500mの範囲を捜索したが、他に船らしき物体は1つも存在しなかった。海底にはなだらかな砂地が永遠と続くばかりで小さな岩や人工物の1つさえ見当たらない。

 

 

 

周囲に何も見つからなかったため、この場所の調査は終了とし、続いて事故当時の新聞報道や市の歴史文献にある「蕨の沈没地点」へ向かうことにした。

 

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 特に↑の記事中で紹介している「しまね丸」やNHKの記者さんが過去に蕨を発見したという地点に何かが沈んでいることは確かである。しかし詳細な位置はあやふやなためその直上を船が通過することは一種の賭けのようなものであるのだが、それでもせっかく調査の機会を得たのだからやらない訳にもいかない。

 

 

 

「東経133度35分、北緯35度49分」を目指し移動する。この緯度経度の数値は秒以下の数値がないため有効数値的な考えでいくと2km四方の誤差がある。なおかつこの緯度経度の数値に数分のズレがあるかもしれないと思うと4㎞、6㎞と調査範囲はますます広くなる。

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疑い始めるとキリがないのでとりあえず上記の座標ピッタリに移動し、そこを中心として半径1㎞の範囲を捜索した。近くの水深は130~180mといったところで、先ほどと同様にまるで整備道具でならしたかのように平らな砂地が続いている。

 結局この測定範囲でも何も映らなかった。かつて「蕨」の船体とされた何かは確かにその付近に存在するのかもしれないが、今から見当をつけてそれを見つけるのはどう考えても不可能であった。

 

この日の調査は前日よりかなり長引き、日が暮れ始めたため、午後5時で調査終了として帰港した。

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最後にこの調査2日目で測定した「軍艦」のデータを簡単に処理したものを見せて貰ったのでそれを紹介する。完成度としては70%程度のものらしく、ノイズの除去等を行った完成データが届くのはもうしばらく後になる。

 

 

斜め上から見た「軍艦」

透明になっている部分があるため平たく薄い板が反りあがっているように見えるが、この透明な部分はビームが当たらなかったところである。水深が96mと深いため横からビームを当てるのはかなり難しく、そのためこのように透明な部分が生じるがこの下にもちゃんと物体は続いている。

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この色は高さによって変わっている。両端が高く、真ん中がくぼんでいるようになっている。

 

続いて上から見た図。

この「軍艦」の全長は約52m、幅は樅型駆逐艦とほとんど同じ7,9mである。

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これが「蕨」なら右端が艦尾ではないかと思う。もし違うならこれで一隻の船であり右が艦首、左が艦尾ということになるだろう。

 

 

上の画像で左側の端を詳しく見る。

この物体がこれで一隻の船ならば幅が太いこちら側の端は艦尾であり、きちんとそれらしい形をしているはずである。

しかしどうだろうか。明らかに壊れたようないびつな形をしている。

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経年劣化によって自然崩壊しているというよりは非常に強い力で破壊されたような印象を受ける。

 

 

最後に雑な加工で申し訳ないが、ハセガワのプラモデルのパッケージに描かれている樅型駆逐艦の設計図と今回得られた「軍艦」のデータを重ねてみた。

どちらも縦横の比率はいじっていないので形はそのままであるのだが、重ねてみると幅や形状はかなり近い。

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 それに右が艦尾だとするとそこから52mというのはちょうど艦橋の後ろ、第二砲塔のあたりに該当し「神通が蕨の艦橋めがけて突っ込んだ」という事故当時の話と概ね一致する。

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こうして見ると艦首のようにも見えるが... 

 

以上がこの度行った「蕨」「葦」海中調査の様子である。

現段階では今回調査した「軍艦」が蕨なのかどうなのかという判断はできない。今後最終的な測定データを貰った後、きちんと各部の寸法や構造を比較し、専門家等にも意見を伺いながら慎重に結論を出そうと思う。また決定的な判断材料として、機会があれば今回機材の都合で行えなかった水中ドローン等による写真撮影も行いたいところなのだが、調査費用などの面から今のところ実現する見込みはない。

今回、調査を実施してくださったアサヒコンサルタント様を始め様々な人の協力を得て、この調査を行うことができた。私自身も仮調査から合わせて3回も船に乗り、非常に貴重な体験をさせてもらったと思う。

書きたいことはまだまだたくさんあるが、どうもまとまりそうにないのでまた別の機会にしようと思う。

 

 

 

 

~おしまい~

 

 

04:YB-1の納車整備。 ~組み立て その2~

 前回の続き。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

 

キャブレターを軽く清掃した後、取り付けた。

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チューブはほとんど劣化していてカチカチになっていたので交換した。ただ、ガソリン用のホースがなかったので2ストオイルの通るチューブのみ。青い2ストオイルが綺麗で、水冷PCみたいな見た目になった。

オイルタンク内のオイルは一度、キャブレターの下にあるオイルポンプを通り、そこからまたチューブを通ってキャブレターへと入っていく。

その経路に空気が入っているとオイルポンプがきちんと動作せず、ガソリンにオイルが混合されない。これではエンジンがあっという間に焼き付いてしまうのでキャブレター取り付け後には必ずエア抜きをする必要がある。

 

まずはオイルタンク→オイルポンプの経路のエアを抜く。

オイルポンプにエア抜き用のネジがついているのでそれを緩めるだけ。

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ネジを緩めると穴からオイルが滲んでくる。初めのうちは空気がポコポコ出てくるが、少しすると完全にオイルのみになる。ポコポコしなくなったらエア抜き完了。

 

 

 

次はオイルポンプ→キャブレターの経路のエア抜き

まず混合燃料を作る。とりあえず1L作ってみたが多すぎた。500mlもあれば十分だろう。

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これを燃料にエンジンをかける。

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アイドリングさせた状態でオイルポンプのスロットル(左下の黒いやつ)を開く。すると写真中央部にあるピンクの空のチューブ、これがオイルポンプ→キャブレターの経路なのだがここにオイルが上がってくる。上がってきたオイルがキャブレター側まで完全に届いたらエア抜き完了。

 

 

 

 

ギアオイルの交換。買ったのはヤマハの純正。

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4ストのエンジンオイルと同じ要領で交換する。2ストのギアオイルは燃焼室に接していないのであまり汚れないらしい。ホンダの一部の原付ではギアオイルの代わりに4ストのエンジンオイルが純正で指定されているとか。

単純な考えだが、2ストのギアオイルは4ストのエンジンオイルからピストン、シリンダー間の潤滑の役割を除いた存在なので性能は4ストエンジン>オイルギアオイルということなのかもしれない。

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続いてタイヤ交換。

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YB-1のタイヤサイズは前「2.25-17」後ろ「2.5-17」である。元がビジネスバイクなのでタイヤが安い。

 

 後ろ

 

 

 

 

古いタイヤを外した後、リムの錆を落とす。

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リムバンドをつけて

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↓リムバンド

 

 ↓チューブ。

 

 

柔らかいので比較的楽に交換できた。

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フロントも同様に交換する。

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ついでにフロントフェンダーも外して清掃。

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もうこれでほとんど作業も終わり。あとは細々した部品を取り付けていく。

 

 

 

バッテリー。

純正は「YT4B-BS」、互換バッテリーは「BM4B-BS」などいくつかある模様。

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 ↓バッテリー

↓互換バッテリー。安い。

 

最後にタンクやシートを取り付けて

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完成。

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とても綺麗。

 

 

 

少し走ってみたが、どうもなんか中間が濃いような感じがする。

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ジェットニードルのクリップの位置を一つ上げてみた。

下げれば濃くなり、上げると薄くなる。ジェットニードルのクリップ位置はアクセル開度1/4~3/4くらいのところに関係しているらしい。

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中間でボコボコしていたのが解消し、乗りやすくなった。

ノーマルではクリップ位置が真ん中でセッティングが出るようになっていると思うのだが、何故濃かったのだろう。

 

 

 

最後に個人的にレストアの聖地だと思っている再生神話のある神社までツーリングして終了。

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今回、一連の整備に部品代や自賠責保険料2年間分まで全部含めて2万4千円くらいかかった。高いか安いかといえば微妙である。ちなみに購入時についてきたリアキャリアがヤフオクで1万円くらいで売れたので実質負担額は1万2千円程度。そう考えるとまあ安い方かなと思う。

2ストは初めて触ったが、キャブから何から結構4ストエンジンと構造が違うのだなと分かった。一方、乗り味は「2ストはパワーバンドに入ると加速がすごい」みたいな文言をよく目にするがどうもこのyb-1は元がビジネスバイクだからなのかパワーバンドらしいものは存在しないようであった。ただ、音が良い。それだけで十分だと思う。

 

 

 

~おしまい~

駆逐艦「蕨」「葦」海中調査記 ~仮調査編~

以前の記事 

www.uchimachibase.com

 

 

この度、今から93年前、美保関の北東約20海里で起きた「美保関事件」によって沈没した駆逐艦「蕨(わらび)」及び駆逐艦「葦(あし)」の艦尾を地元の建設コンサルタント会社の協力を得て調査することになった。

具体的には上の記事の後編で紹介する「軍艦」と呼ばれる漁礁と、当時「蕨」の沈没地点とされた海域をマルチビームソナーで調べる。

その調査に先立ち下見と、本調査では時間と船上のスペースの都合上行えない船上慰霊祭を兼ねて今回は仮調査へ行ってきたのでその様子を書いていく。

 

 

 

仮調査当日。

この日は船主さんと私に加えて、船上慰霊祭を行うために地元神社の神主さん、それから以前調査の件を記事にしていただいた読売新聞の記者さんが乗船された。

天候にも恵まれ、心配していた波の高さも50cm~1mの予報である。

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午前8時、出港。

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「蕨」「葦」仮調査 出航直後の様子

 

渡の漁港からまず地元漁師の間で「軍艦」と呼ばれている漁礁を目指す。

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出港から約10分、美保関灯台へ行く途中の山の上に美保関町五本松公園の「平和祈念塔」が建っているのが見えた。

これは美保関事件の2年後に美保関の人々によって建てられた慰霊碑である。山の頂にあるため陸からは見えにくく、またアクセスも悪いのですっかり寂れてしまっているこの塔だが、こうして船に乗って付近を通ると抜群に目立つ位置にあることがわかる。

嘗てここへ立っていた「関の五本松」の代わりに海上交通の目印となっているように思った。

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出港から約15分、美保関灯台を過ぎいよいよ外海へと出ていく。

このあたりからはうねりが強い。船はそのうねりの山を押さえつけるように水をかき分け、激しく揺れた。どこかに捕まっていないと到底立っていられない。

激しい揺れと、海の匂い、それから船の排気ガスが混ざり、かなり酔った。酔い止めを買っておけばよかったと思った時にはもう遅く、陸地は遥か遠くに霞んでいる。

神主さんは完全にダウン、記者さんも写真を撮る手が止まり、すっかり誰も喋らなくなってしまった。

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「蕨」「葦」仮調査 揺れるオスプレイⅤ号

 

 

「軍艦」までの道中の水深は下の海図の通りである。

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美保関灯台を通過するまでは浅く、水深20m程度、その先は40~60m前後であり海底に目立った起伏はほとんどない。途中ノイズのようなものが映る場所があったが、ソナーの画面を見た限りでは海底に背丈の長い海藻でも生えていたのではないかと思う。

 

 

 

出港から約2時間、「軍艦」の近くへ着いたのは午前10時過ぎであった。

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既に他の漁船が釣りに来ており、「軍艦」が魚のよく釣れる漁礁として地元漁師に広く認知されているということを改めて実感する。

しばらく周囲をぐるぐる回ってもらい、「軍艦」を探した。ほどなくして「出てきた、出てきた」と船長さんの声がした。

最初に魚探に反応があったのは上に載せた海図上ではBの地点。2つある「軍艦」のうち、南側に位置する地点である。(当初聞いていた「軍艦」の、上の海図ではBとしている地点の座標と完全に同じ場所。)

 

この写真がその海底障害物を映した画面。このあたりの水深はおおむね96m前後であり、80mの目盛りまで障害物の高さが来ているので、単純計算で高さ15m程度の物体が海底に存在するということになる。

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蕨、葦仮調査 「軍艦」B地点初回通過時の様子

この障害物についてだが、明らかに周囲の海底とは異なる起伏、形状をしていたことから何かが沈んでいることは確実と思われる。

また、この魚探の画面下に表示されている緯度経度の値についてであるが、度、分は60進数、それ以下の部分は「分」の少数点以下の数値であり10進数となっている。

 

 

船酔いで完全にダウンしていた神主さんだが、「軍艦」発見と聞いてなんとか起き上がり殉難者の慰霊のため八重桜の花びらを撒いておられた。

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菊の花。

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そして未だ正体のはっきりしない「軍艦」に皆で手を合わせた。

この「軍艦」が蕨でなくてもこの海のどこかには、ついに発見されなかった100名以上の殉難者が眠っている。

昭和2年当時、海軍に加えて山陰両県からも多数の民間船がこの場所を目指して出航し、連日遺体や漂流物の捜索にあたった。GPSもなく船の性能もさほど良くない時代にここまで来るのは今の何倍も大変だっただろう。

 

 

 

 

Bを発見した後、そこから700mほど離れたA地点を探した。しかし残念ながらいくら探しても一向に見つからない。うねりに加えて付近は潮流が強く、狙った通りに船を操作するのが難しいのである。漁船のレーダーは表示範囲が狭いため一度迷ってしまえば障害物の捜索は困難であった。

 

Aを発見することが困難だと判断し、一度Bまで戻ることになった。

Bまで戻ると再びレーダーに障害物のようなものが映り始めた。付近の海底は波を打ったような起伏が見られ、また海底付近にはノイズのようなものが多く映る。


蕨、葦仮調査 「軍艦」B地点再通過時の様子

今度の通過で違ったのは水深である。B地点の周囲の水深は基本的に96m前後であるが一部、くぼんだようになっている地点があり、110mから最大で136mまで深くなっていた。この深間の座標は一度目の通過で確認した障害物の北西に位置し、数値上でいえば30mも離れていない。

 

 

Bの再通過後はそのまま、「美保関のかなたへ」の本文中に出てくる当時海軍が測定したとされる地点(東経133度35分、北緯35度49分)へ向かった。

こちらは緯度経度の「分」以下が不明であるため、ひとまず緯度を北緯35度49分20秒付近に合わせ、東経133度37分から真西へ向かってそのまま35分を過ぎ34分に入るまで一直線に通過した。

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付近の水深は海図記載よりも幾らか深く、水深175mから西に進むにしたがって徐々に浅くはなっていったものの、150m以下にはならなかった。

肝心の海底障害物の捜索であるが、水深が150m以上と深かったため魚探の性能が足りず、画面には砂嵐のようなノイズが永遠と映るばかりであった。

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また表示の縮尺の関係で5~10m程度の起伏ならつぶれてノイズと見分けがつかないような状況であった。

この調子では海底障害物の捜索は困難であると判断し、1度の通過を終えて調査終了として港へ帰った。

 

 

今回の仮調査では漁礁「軍艦」が確かに存在することを確認することができた。また、目的地までの所要時間や揺れの程度など本調査を前にして色々知ることもできた。

この「軍艦」は一体どのようなものなのか、本調査の実施に期待がかかる。

 

 

 

 

 

おまけ

「軍艦」付近にて野生のイルカの群れに遭遇。

漁船を見ると喜んでいるのかしばらくついてきた。写真には撮れなかったがはねたり大きくジャンプをしたり、サービス精神に溢れたイルカ達であった。

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帰り際に撮影した「沖ノ御前島」。美保関から約2kmの海上にポツンと浮かぶこの島は古くは出雲神話に登場する大国主の息子である事代主が釣りをしていた聖地とされる。事代主は「えびす様」ともいわれ、七福神の恵比寿様が釣り竿と鯛を持っているのは事代主が魚釣りをしていたというエピソードからきているらしい。

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~つづく~

美保関事件はどこで起きたのか。 

 昨年末から昭和初期に地元で起きた海軍の軍艦同士の多重衝突事故である「美保関事件」の殉職者慰霊祭を行っている「美保関沖事件慰霊の会」へ縁あって入会し、その活動に参加することとなった。

 

↓会の公式ホームページ

gojikai1927.wixsite.com

 

 

 美保関沖事件とは、1927年8月24日島根県美保関沖において日本海軍の夜間演習中に起こった軍艦同士の多重衝突事故である。巡洋艦「神通」と駆逐艦「蕨」、巡洋艦「那珂」と駆逐艦「葦」が衝突し、蕨が沈没、葦は1/4程のところで艦尾が切断され、両艦合わせて119名が殉職した。当時、この事件は新聞にも連日大きく取り上げられ、広く世間を騒がせることとなった。海軍史上未曾有の規模の、重大な海難事故である。

 

詳しくはwikipediaでも読んで貰えれば私の説明より幾らか詳しいと思う。

ja.wikipedia.org

 

また、美保関沖事件を題材にしたノンフィクション小説も過去に出版されている。

これは事故で沈没した駆逐艦「蕨」の艦長の長男である五十嵐邁氏が書いたもので、「黒き日本海に消ゆ」という本の復刻版である。

 

 

 今回はこの美保関事件がどこで起きたのか、そして駆逐艦「蕨」はどこで沈没したのかいくつかの資料を元にして考えてみようと思う。

というのも、少し調べてみただけでも事故発生地点、並びに蕨沈没地点については諸説あり、それぞれ微妙に位置が異なるのである。

下の画像は国土地理院の地図に当時の新聞報道や市の歴史文献、また地元の伝承にある「駆逐艦蕨の沈没地点」を示したもの。はっきりと1点に定まらず、資料によって位置がバラバラである。1~4までの番号を振ってある。

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同じく、発生現場付近のグーグルマップ。

まずは当時の新聞報道や境港市史などの歴史資料、「美保関のかなたへ」の本文中にある記述などから沈没地点を見ていく。

 

 

・第一報は「美保関から北東20海里」

 美保関事件が発生したのは昭和2年(1927年)8月24日の深夜11時過ぎであったとされる。

現在確認している中で、この事件を最も早く報道した新聞として翌25日の大阪朝日新聞号外、大阪時報新報号外などがある。小説「美保関のかなたへ」によると配布時間は午後一時頃であり、

巡洋艦『神通』と衝突し、駆逐艦『わらび』沈没、死傷者多数の見込み」

「美保関付近で、軍艦四隻衝突す」などの見出しがあったという。

まだこの時点では大まかな死傷者数や事故発生現場についてはまだ把握できていなかった様子である。

 

その日の夕方、事故発生現場の位置や死傷者数についての詳細な報道がなされた。

下の画像は8月25日の大阪朝日新聞夕刊。

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[海軍省発表]

昨二十四日聯合艦隊夜間演習中午後十一時二十分美保關の北東二十浬の地點において第五戰隊軍艦神通と第一水雷戰隊第二十七驅逐艦蕨と衝突、蕨は約十五分の後沈没し神通は...(以下略)

 昭和2年8月25日 大阪朝日新聞夕刊より

美保関事件の発生現場そして蕨の沈没地点として、「北東20海里」と報道されている。

 

他の新聞社の紙面に美保関事件が掲載されたのはその翌日、日付上事件発生の2日後にあたる8月26日の朝。

鳥取県東部の新聞社である「因伯時報」の記事。

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[海軍省公表]

昨二十四日聯合艦隊夜間演習中午後十一時二十分頃美保の關の北東約二十浬の地點において第五戰隊軍艦神通と第一水雷戰隊第二十七驅逐艦蕨と衝突し蕨は約十五分の後沈没し神通は...(以下略)

 昭和2年8月26日 因伯時報より

 上の大阪朝日新聞の内容とほとんど同じである。

 

続いて同じ日の「鹿児島新聞」の記事。

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[海軍省公表]

昨二十四日聯合艦隊夜間演習中午後十一時二十分美保の關の北東約二十浬の地點において第五戰隊軍艦神通と第一水雷戰隊第二十七驅逐艦蕨と衝突し蕨は約十五分の後沈没し神通は...(以下略)

昭和2年8月26日 鹿児島新聞より

 

最後に同じ日の読売新聞朝刊。

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(廿五日午後零時半海軍省公表)

廿四日聯合艦隊夜間演習中同十一時二十分美保關北東約二十浬の海上で第五戰隊軍艦『神通』(五五九五頓)と第一水雷戰隊第廿七驅逐隊驅逐艦『蕨』(八五〇頓)と衝突し十五分後『蕨』は沈没し神通は...(以下略)

昭和2年8月26日 読売新聞より

[海軍省発表]とされるこの公表は事件発生の翌日、25日午後12時半頃に行われたとある。

 

いずれの新聞社も記事の文章の構成がそっくり同じであることからこの内容は文書で発表があったのか記者会見のような場所で読み上げがあったのか定かでないが、各社同じ文言を聞いたのだろう。

 

なおこの8月25日夕刊、8月26日朝刊の時点での報道では駆逐艦蕨は約15分の時間をかけて沈没したとされているが、これは事件発生直後に神通から発信された一連の電文の打電に時間がかかったために生じた誤解であり実際には蕨はわずか1分足らずで沈没したとされる。

また、事故現場は海軍の発表にならっていずれも「美保関の北東20海里」としており、水深については「五十尋以上(大阪朝日新聞夕刊)」、「六十尋の深海(因伯新報)」などと若干の差異があるものの、後の報道に比べ総じて浅い。

(※1尋=1.8mより50尋=90m、60尋=108m)

 

 

 

1.東経133度35分、北緯35度49分

 地図中②の地点である。

この場所を美保関事件の発生現場及び、駆逐艦蕨の沈没地点だとする記述は美保関事件を題材としたノンフィクション小説「黒き日本海に消ゆ」及びその文庫版である「美保関のかなたへ」の本文中に登場する。

東経一三三度三五分、北緯三五度四九分の沈没地点は周囲の海底にくらべて二十尋から三十尋も深く八十尋から百尋もあり、俗にホリと呼ばれて鯛がよく獲れる場所であった。  「美保関のかなたへ Ⅲ   p118より」

 

また、本文中には事件発生の4日後にあたる8月28日、住山侍従武官が特務艦「鶴見」に乗って事故現場へ行く場面がある。以下、その引用。

艦は速度を落として、新しい赤い浮標の浮いている遭難地点に近づいた。海面は三日前の事故によってそこが傷つけられ、膿んだもののように重油が黒く漂っていた。

「ここです。まだ重油が浮いています。」

指された海面を見ると、たしかに一点だけ重油がわずかながら、泉のように湧き上がるのが認められた。

それを見た住山は深い海底の「蕨」がまだ生きて脈を打っているかのような錯覚を覚えて思わず、 

「蕨を引き揚げることはできないか?」

と訊いた。

甲板に集まっていた艦長や士官たちは黙ったが、しばらくして艦長は、

佐世保港外で沈んだ四十三潜水艦の時も、二十七尋の深さでさえ大変難儀いたしました。現在の私どもの技術では、沈没船の引き揚げは三十尋が限度でございます。ここは俗に八十尋とも百尋ともいわれる深間でありまして、昨日縄を下ろして精確に測りましたところ七十四尋でございました。そうなりますと、引き揚げはまず絶望的と申さねばなりません」

「美保関のかなたへ Ⅲ p123-124より」

 事件後しばらくは、蕨沈没地点には重油が浮き上がっていたようである。海軍はそこにブイを浮かべ、地元の漁師らの協力を得ながら遺体や漂流物の捜索を行っていた。

なお海軍が縄で測ったとされる水深74尋は水深約133mである。

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8月27日 大阪朝日新聞山陰版より

 上の新聞は昭和2年8月27日の大阪朝日新聞山陰版、事故現場付近一帯が油の海になっていたという記事である。重油の流出量は日が経つにつれて減少に向かってゆくだろうから仮に当時、この一帯に漂う重油を捜索の手掛かりにしていたとするならば事故発生から数日経ってからの捜索記録の方がかえってそれ以前のものより精度が良いのではないか。

 

さて、この「東経一三三度三五分、北緯三五度四九分」という緯度経度であるが当時のいくつかの新聞報道にこれと同じ緯度経度の記載が確認できた。

そのうち最も早く報道されているのは事件発生2日後の1927年8月26日大阪朝日新聞夕刊である。

余は白洋丸に搭じ駆逐艦蕨、の沈没現場である美保湾日本海に向う、船は逆まく怒涛をけり沖へ沖へと進むに従い東北の疾風はいよいよ強く船体の動揺甚だし美保湾頭にはいましも作業を終った軍艦竜田及び駆逐艦「つが」「かし」「にれ」「たで」「よもぎ」「はす」ほか四隻計十一隻が入港中である、地蔵岬灯台からは青白い光を放ちもの凄いこといわんかたなし、漸く午後八時ごろ現場附近に達したが既に船影だになくダダ広い海はただ怒涛の聞ゆるのみであたりは暗く海底の藻屑と消えた百余の英霊があたかも哭するようだ、現場は地蔵岬灯台の東北約二十浬東経百三十三度三十五分北緯三十五度四十九分隠岐西郷岬からは二十五マイル東南に当る箇所で附近は日本海の暖流が通過しているところで水深約百尋で平素航路には当っていない、

「怒濤叫ぶ沈没現場に殉難将卒の英霊を弔う 水深百尋の魔所に沈む「蕨」未だ一死体をも発見せず【境にて古川、上野両特派員発】」 昭和2年8月26日の大阪朝日新聞夕刊

 

神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 災害及び災害予防 (7-088)より引用

神戸大学 電子図書館システム --一次情報表示--

 

記事中の事故現場の水深は小説本文中とは若干異なり百尋(180m)となっている。

この二人の記者たちは「白洋丸」という船で事故現場へ行っている。おそらく記事の書き様からして「東経133度35分北緯35度49分」という緯度経度や百尋という水深はこの「白洋丸」によって測定されたのではないだろうか。その後の報道によると「白洋丸」は500トンのそれなりに大きな船であるようだ。

 

 

 またこの記事の翌日27日の「山陰新聞」にも同じ緯度経度の記載があった。

遭難の現場は美保関北東二十浬、北緯三十五度四十九分、東経百三十五度三十五分西郷より南東に三十五浬の地点で水深約百尋の箇所である。

昭和2年8月27日 山陰新聞夕刊     境港史五十五年史より

 こちらも水深は百尋となっている。

 

小説中の緯度経度の数値だが、おそらくこれらの新聞報道を参考にしているのではないか。この2つの新聞記事以外にこの緯度経度を記載した当時の資料は見つからなかった。

なお百尋という水深についてだが緯度経度とセットになって記載されていることからこの緯度経度を算出した時、その場所で測った水深が百尋であった、と考えるのが自然である。

また、この二つの記事にある数値、緯度経度は同一であるが隠岐島の西郷からの距離が大阪朝日新聞では25マイル(25海里)、山陰新聞では35海里と大幅に食い違っている。

 

 

ちなみにこんな記事もある。

廿五日午後六時頃駆逐艦多津田、スガ、サセヨモギ、蓮他四艦は美保湾へ投錨駆逐艦多津田の艦載水雷艇は食糧購入のため境港に入港したので記者は沈没の状況を尋ねたが水兵等は多くを語らず廿六日から三日間演習をなすが如く洩らしたが察するに捜海作業をなすものと認められる因に沈没場所は東経百三十五度三分北緯二十五度二十九分隠岐西郷岬を離る東部二十五海里水深百尋の所らしい (境電話)

昭和2年8月27日 因伯新報

 この記事だが、かなり怪しい部分がある。まず駆逐艦多津田とあるが軽巡洋艦「龍田」の誤りである。それにスガは樅型駆逐艦「栂(ツガ)」の聞き違い、サセヨモギは同じく樅型駆逐艦「蓬(ヨモギ)」と母港である佐世保が混同したものであると思われる。

また、記事中にある「東経百三十五度三分北緯二十五度二十九分」は下の画像の+の地点であり、どう考えてもこれは数値を誤っている。

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 このように明らかに聞き違いや数字の取違いを含んだ記事が新聞に掲載されていることを見るに、おそらく最初の発表以降、沈没地点の緯度経度や水深に関する海軍の公式発表はなく、新聞各社の記者がおのおの方々へ取材して回って記事を書いていたのではないかと思う。各社が色々な所から情報を集めて来ているためにそれぞれ微妙に異なる部分があるのではないか、ということである。

 

 

 結論として、8月26日頃から「美保関の北東20海里」に加えて「東経133度35分北緯35度49分」というより具体的な緯度経度の情報が出回り始めた。おそらくこれは事件の翌25日に朝日新聞の記者を乗せた「白洋丸」という船が現場へ行き測定したものなのだろう。

また、水深について26日時点では百尋(180m)というのがどうやら通説であり、これは25日~26日の間に測定されたものと思われる。なお小説中には海軍が重油の浮いてきた場所の水深を測り七十四尋(133m)であったとの記述があるが、日付が正しければそれは27日に測定したものであり、百尋とした新聞報道の水深とは別に新しく測りなおしたものである。また、この水深七十四尋の地点と上記の緯度経度が同じ場所なのかは定かではない。

 

ちなみに美保関灯台に設置されている美保関事件の記念碑に示されている「衝突地点」はこの緯度経度の地点である。

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2.地蔵崎灯台ノ北三十九度東二〇・七浬

地図中の②の地点。

海軍の遭難捜索報告書等に記載のある駆逐艦「蕨」の沈没地点。衝突
から約三十分後の午後十一時五十分、現場で乗員救助にあたっていた
「神通」によりこの地点にブイが投下された。海軍はその後、このブイを起点として掃海作業を行っていたとされる。

 

 

3.地蔵崎の北東21.8海里

地図上③の地点。地図中の赤い円は美保関を中心とした22海里(約40km)の円。

③は美保関から正確に北東方向、22海里の地点に作図した。

この地点で海底に横たわる駆逐艦「蕨」の艦影を捉えたという記録が境港市史に載っている。

昭和四三年七月、島根県の水産試験船しまね丸が地蔵崎の北東二一・八浬(約四〇・三㌖)付近で海底に横たわる「蕨」の船体をレーダーで発見した。現場の水深は一八〇㍍で引き揚げなど不可能ということ、船体は格好の魚礁になっているという。

境港市史 上 第十章 軍事 p640

 昭和2年に海軍が測った水深74尋(133m)とは異なりいくつかの新聞報道にあった水深100尋と同じ水深180mと記録されている。

 

 ここでいう「地蔵崎」とは美保関灯台のある付近のこと。かつて海難事故の死者の供養のためにここにおびただしい数の地蔵が祀られていたことから「地蔵崎」と呼ばれている。

 

 また、これに似た話として今から10年ほど前、NHK松江支局の記者が漁船に乗り込み沈没地点周辺で調査を行い、「蕨」の船体らしき海底障害物を捉えたという話がある。

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これがその時の測定データの画像。 このソナーだと船体の詳細な形などを見ることは難しいが何か船のようなものが海底にあったのだという。水深は178m。

この場所が具体的に地図上のどこなのかということは残念ながら分からないのだが、水深から察するに「しまね丸」が「蕨」を捉えたとされる場所と同じ地点で同じ海底障害物を見たのではないだろうかと考える。話によると甲板上の構造物は引きはがされたようになくなっており、船体も砂に埋もれてしまっているらしい。このソナーだと船体の幅や長さがわからないためこれ以上の考察はできない。

 

[追記 2021/06/25]

このソナー画像について、有力な情報が得られた。先月下記の駆逐艦「蕨」発見の件でNHK島根から取材を受けた際にこのことを尋ねたところ、放映した映像と共に当時の取材状況を調べて教えてくれたのである。

話によるとこの時船を出したのは美保関町の遊漁船。今でも営業しておられたのですぐさま電話で連絡を取り、当時の話を聞きに行った。

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どうもこの地点も「軍艦場」と呼ばれているらしい。④の軍艦と比べると水深が深いため魚があまりおらず、そのため知っている人が少ないとのことであった。

 

プロッターに残っていた座標を押さえ、後日別の船で再度この構造物の確認を行った。

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水深180mの海底にやはり何かが沈んでいる。

魚探への映り方から推測すると鉄や岩などの固い材質の物質であり、南北に細長い形状をしている。大体長いところで30mくらいの大きさをしている感じである。

現段階の予想であるがこれは蕨の船体後部、もしくは葦の艦尾なのではないだろうか。

今後の調査に期待がかかる。(2021年7月に調査予定)

 

4.漁礁「軍艦」

この地点の海底には大きな構造物が沈んでおり、漁業関係者の間では漁礁として広く知られている。鳥取県境港市島根県美保関町などでは「軍艦」「ワラビ」等と呼ばれ、古くから駆逐艦「蕨」が沈んでいる場所と伝えられてきたようだ。

この「軍艦」の情報は以前一式陸攻の調査をした際、船を出してくれた船主さんから教えていただいた。いつから誰がそう呼び始めたのかは定かではないが、船を購入したときに店の人に釣りスポットの一覧を教えてもらい、その中に入っていたのだという。

 

平成二十年度の水産庁の広域漁業調整委員会においてもこの「軍艦」が話題に上がっている。

「軍艦場というのは、昔から「蕨」という戦艦が沈んだところで、それが崩れて大変いい漁場になっていると。今は全部崩れていますけども、いまだにいい漁場だと。アカガレイの大変いい漁場だったんですね。」

日本海・九州西広漁業調整委員会 第十五回日本海西部会議事録

 

 

この「軍艦」の正体を明らかにするため、令和二年5月~9月に何度かこの「軍艦」の調査を行った。

www.uchimachibase.com

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結果から言うと、この「軍艦」は駆逐艦「蕨」の船体前部と思われる。

 

「スプーンバウ」と呼ばれる樅型駆逐艦の特徴とも言える艦首形状を有している他、そこから約50mのところで船体が切断されている。また、全高、全幅などの船体形状も樅型駆逐艦と非常に似ている。この付近で行われていた底引き網漁により、船体には全周にわたって漁業の網が大量に絡まっており甲板上の構造物はなぎ倒され、何も残っていない。

 

船体は切断されているので近くにもう1つがあるのではと思ったが、半径600m以内には何も落ちていないようだ。

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提供:アサヒコンサルタント株式会社



 

 以上が駆逐艦「蕨」の沈没地点候補とその詳細である。

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現段階の予想では駆逐艦「蕨」は衝突によって船体が切断された後、海底に着くまでに各部がそれぞれ流されているのではないかと思われる。おそらく神通と衝突したのは①②の付近であり船体後部はそのまま直下に沈んだが、前部はすぐには沈まず、④まで流れてきたのではないか。

現段階では謎が多いが、今後の調査で徐々に明らかになっていくことだろう。

 

 

 

~つづく~

05:スーパーカブ、エンジン腰上オーバーホール 前編

 以前、納車時の整備をしたスーパーカブ

akiyuki2119067018.hatenablog.com

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

納車から10ヵ月近く経ったが、今のところ目立った故障もなく走れている様子。

しかし、1つ問題がある。

妙にエンジンオイルが減るらしいのである。大体2000kmで400mLほど消費するらしい。前回のオイル交換時にはゲージ一杯までいれたはずのオイルがほとんど入っていなかった。

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これは確実にオイル上がりかオイル下がりを起こしている。

「オイル上がり」はシリンダーの傷やピストンの摩耗などが原因でクランクケース内のエンジンオイルが燃焼室まで上がってくる現象、「オイル下がり」はエンジンヘッドの吸排気バルブの付け根にある「ステムシール」と呼ばれる部品の不良によりヘッド内のエンジンオイルが燃焼室に下がってくる現象である。

症状の出るタイミングやオイルの消費の仕方などに若干の違いがあるらしいものの、両方ともマフラーから白煙を吹き、エンジンオイルが減るという点で似通っており非常に判別しにくい。

 

ちなみに以前同様の症状が出たタウンメイトはオイル上がりだった。

akiyuki2119067018.hatenablog.com

 

今回のもおそらくはオイル上がりであると思うが、せっかくなのでオイル下がりの対策もしようと思う。

作業項目としてはピストンリングの交換と、ステムシールの交換を行う。

 

と、いうことで作業開始。

エンジン腰上を開けるための準備をする。とりあえずオイルを抜く。

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続いてキャブレター。インマニの結合部とパイロットスクリューに何やらオイルのようなものが溢れてきたような形跡がある。

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 スーパーカブの燃料コックは何故キャブレターに合体しているのか...整備しにくい。

 

マフラーも外す。

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 内部が以前にも増して煤まみれである。心なしか重くなったような気もする。

できれば交換したいところだが、50ccにあう社外マフラーが少ないので今回は変えなかった。

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ようやくエンジン本体に取り掛かる。

まず、カムスプロケットカバーを外してカムを取り外す。

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一応、フライホイールのTマークをクランクの切り欠きに合わせておく。

別に合わせなくても問題ない。

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カムスプロケットのボルトを緩めて、

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カムスプロケットを外す。

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カムチェーンは奥に落ちないように針金か何か引っ掛けて置くとよい。

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ヘッドのボルトを外していく。

ここのナットは左下のみ銅ワッシャー、残りはスチールワッシャーで右下のみ普通のナットである。

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中央の4本以外、左側面にもボルトがある。

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ヘッドを外す。

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湿ったようなカーボンが大量に付着している。写真左上の赤いシミはサビだろうか。

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つづいて、シリンダー。

ピストンにもカーボンが多く付着している。

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こちらも同様に左側面のボルトを外す。

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あとここも。このボルトはカムチェーンガイドローラーの固定ボルト。

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シリンダーが外れる。

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外したシリンダー。

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なんと内部が錆びている。写真に映っていない奥の方にもサビの痕跡があり、それが削れて周囲と僅かに段差になっているようだ。

おそらく放置されている間にシリンダーの内部が錆びており、再びエンジンを動かした際にピストンリングに削り取られたのだろう。その時生じた段差がオイル上がりの原因になっていたのではないか。

何にせよこのサビはどうにか落とさなければならない。

 

 

最後にピストンを外す。

ピストンピンクリップを外した後、ピストンピンを引き抜く。

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ピストンだが、側面にまで汚れが広がっている。どうもオイル上がりを起こしているピストンはこうなるらしい。ピストンリングも摩耗していたが、そこまでではなかった。

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以上でエンジン腰上の分解作業は終わり。

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次回以降はヘッドのオーバーホール等をしていく。

 

 

 

 

 

~つづく~